衣替えっていつだったっけ



※このお話は「EVER」宅の『loved』に出てくる保険医骸と生徒綱吉君のお話です。
※つまりは二次創作の二次創作。
※元ネタが知りたい方は「EVER」宅にどうぞ!




 六月に入った途端、崩れ始めた天候に骸は鬱々としていた。毎日のように降る雨に、体に纏わりつく生暖かな風。
 雨は嫌いではなかったが、日本特有のじとじととした湿気は苦手だった。壁の半分を占める窓から、薄暗い外を見渡す。
 曇天に覆われた空は奇妙な色合いだ。昼の休憩時刻、いつもならば眩しい日差しが窓から差し込んでいるというのに、ここ数日、晴れ渡った青空を骸は見ていない。しとしとと静かに振り続ける雨のせいで、グラウンドには大きな水溜りがあちこちに出来上がっていた。外で活動できない運動部員を校舎内のあちこちで見るのはそのせいだろう。
 バスケ部の主将であるディーノが「コート全面が使えなくなった」と嘆いていた。
 「体育館の半分を、野球部が使ってるんですよ」と付け足した綱吉の苦い笑みは鮮明に思い出せる。湿気のせいか、いつもよりも膨らみを増した髪さえも可愛らしく見えたものだ。
 はあ、漏れた溜め息は深い。この時期は、どうにも気力が湧いてこない。
 晴れた日ならば、まだいい。屋上に行けば綱吉に会える。しかし、雨の日は駄目だ。外に出れなければ綱吉は教室で昼を摂る。
 流石の骸でも、生徒達に囲まれる中、綱吉に迫ることはできない。別に人の視線など骸は気にしないのだが、綱吉がいつも以上に骸を拒否するのには耐えられない。
 最近やっと、ちょっとした接触に慣れてくれたのだ。折角だから、人目を気にせずに近づきたい。できればもっと、と思わないでもないが、相手は手を握っただけで慌てふためく子供だ。赤くさえなってくれない。
 好きだ好きだ言い続けているのだ。いい加減、少しくらいは意識して欲しい。
 じとり、首筋に浮かぶ汗に耐えられずに白衣を脱ぐ。日本に来てから初めて自分が暑さに弱いと知った。白いシャツは背中にぺたりと張り付いている。シャツも脱いで、シャワーが浴びたい。
 胸元を緩め、はたはたと手風を送り込む。
 食欲はなかったが、腹は空いていた。何か口に入れておくかと、机の引き出しに入れておいた軽食を漁ってると、ドアを控えめに叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
 がさがさと、引き出しの中からチョコ味の栄養食を取り出しながら入室を許可した。どうせならばチョコを食べたかったが、この気温だ。保健室に置いておけばすぐに溶けてしまう。
 今度小さい冷蔵庫でも設置しよう、と思考を飛ばした所に弱々しい声がかけられた。
 慌てて入り口を振り返れば、ドアを少し開き、顔を出している綱吉の姿。
「綱吉君、」
 驚いたので、素直に眼を見開く。どうして、と言外に含まれせたのが伝わったのか、困った形の眉が、さらに垂れ下がった。
「ちょっと、転んじゃって」
 遠慮しがちに部屋へと体を滑りこませながら、これ、と右腕をかざしてきた。肘までまくられたシャツが緩い皺を作っているのに妙に視線を奪われながらも、赤く血の色を滲ませている擦り傷へと視線を動かす。
 不健康そうな、白い腕にその赤はよく目立った。
 どうぞ、と保健室備え付けの簡易ソファを進め、消毒液を持って近づく途中で、大きな茶色の瞳に見られているのに気がついた。
「綱吉君、どうしました?」
 別に、と曖昧な表情で、首を横に振る。挙動不審はいつものことだが、どうにも様子がおかしい。
はて、と首を傾げながらも、こうして二人きりで会うのは久し振りだ。違和感は置いておいて、取り敢えずはこの状況を愉しもう、と綱吉の隣に座る。
「君はいつも怪我をこさえてきますねぇ」
「はあ…」
 腕を取り、消毒液を浸した綿を傷口に押し付ける。染みたのか、ぴくりと手首を掴んだ腕越しに震えたが伝わってきた。そんなささいな接触にも、顔が緩んでしまいそうだった。
「まあ、消毒だけでいいでしょう。絆創膏貼っておきますか?」
「あ、お願いします」
「…本当にどうしたんです?なんだか、今日は大人しいですね」
 いつもは骸と二人きりになるだけで逃げ腰だというのに、今の綱吉は大人しく骸に手を取られ、嫌がる素振りもなく向かい合っている。
 正直、そんな綱吉を可愛いなあ、と嬉しくは思うが、素直に受け取るには先ほどから合わない視線が気になった。
 顔を覗き込んでも、顔ごと反らされてしまう。
「綱吉君?」
「いえ、別に…なんでもないです」
 そうは見えない。が、そう簡単に口を開くとは思えなかったので、とりあえず抱きついてみた。すっぽりと、簡単に腕の中に納まるサイズな事に毎回驚く。自分が学生の頃は、こんなに小さかったかなあと思いながらも、腕の中で固まっている綱吉が抵抗しないことに再びおや、と思う。
 いつもならば、喚くと同時に必死な抵抗を受けるというのに。
「綱吉、君?」
 もしかして具合でも悪いのかと顔を覗きこむ。嫌そうに顰められた顔を想像していたが、困ったように伏せられた目元を見つけ、はあ、と溜め息が零れてしまった。
 これが恥ずかしげに反らされた視線だったり、紅潮する頬とかだったら期待を抱くのに。心底困った風な、戸惑いたっぷりの様子では、抵抗がなくとも素直に嬉しがれない。
 好きだ好きだと言い続けて、返ってくるのが拒否か困惑というのは、流石に落ち込む。
 ずるずると頭を下ろし、抱きしめた体の腰元に腕を回す。慌てている様子を上目で見つめながら、そのままソファに横たわる。
 膝枕よりも密着度の高い姿勢だ。ぐりぐりと腹に頭を押し付け、居心地が良い体勢を取る。わたわたと慌てる様子に、満足感。
「ろ、六道せんせい…?!」
 困惑を多分に含んだ声に、むくむくと悪戯心が湧いてきた。
「綱吉君、僕今月の9日が誕生日なんです」
 腹に顔を押し付けたままなので、少し声が篭った。ぴたり、動きを止めた綱吉から、戸惑いがありありと伝わってくる。
 綱吉君が知っていてくれたら、さらには祝ってくれたらいいなあ、と希望を抱いていたが、どうやら知らなかったらしい。もう少し興味を持ってくれてもいいのに、と拗ねながらも、言っておいてよかったと思う。
「はあ・・・おめでとうございます」
 小さな声だが、聞きたかった言葉だ。調子にのって、色々と願いを口にしてみる。
「何かお祝いしてくれませんか?」
「生徒に強請らないでください」
「別に物じゃなくてもいいんですよ。デートしてくれるとか、部屋に来てくれるとか」
 自分らしくない誘い文句だ。知り合いが聞いたら腹を抱えて笑うくらいの低姿勢。それくらいがこの思い人にはちょうどいい。
「僕んち、ゲーム機器は一通り全部揃ってますよ。ゲームも、欲しいのあったら言ってください。買っておきますから」
「…俺、そんなに簡単につられそうだって思われてたんですか…」
「君、見た目はすごく軽そうなのに、意外と身持ち堅いですよね。未だに君と学校外で会ったことないですし」
「・・・じゃあ、今度どっか遊びに行きますか?」
 え、とたまらず顔を上げる。こちらを見下ろしている茶色い瞳とばっちり視線があったが、困ったように反らされることはなく、驚きに目を見開いている自分の瞳をしっかりと見つめていた。
 あまつさえ、小さく笑顔さえ浮かべている。
「なんですか、その顔」
「いいんですか?」
「別に…遊びに行くくらいならいいですよ。あ、でも俺お金ないんで近場で勘弁してくださいね」
「お金なら僕出しますよ」
「べつに、いいですよ。先生誕生日なんだし。パフェとか好きでしたよね?それくらいなら、俺でも奢れますし」
 心情としては、飛び跳ねて目の前の体を抱きしめて、顔中にキスを捧げたかったが、驚きで竦む体は思う通りには動いてくれない。
「…ありがとうございます」
 情けないことに、声が掠れていたが、そのおかげでぼんやりとした笑みが見れたのだと思えば、どうってことはなかったのだろう。










(2009/06/06)




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