走って会いに行く



※このお話はパラレルです
※白骸です
※白蘭君はサッカー部で、足を骨折して入院していました
※骸は外科の先生。
※白→骸な感じです






足を怪我し、入院先で出会った骸に愛を告白してから数ヶ月。
未だに自宅の場所どころか、携帯のアドレスすら教えてもらえていない白蘭にとって、骸に会えるの場所は病院だけだ。
退院してすぐは週に何度も病院に通ったものだが、如何せん忙しい職種だ。ほいほいと骸のいる診察室に顔が出せるわけもなく、追いやられるか寂しく待合室のソファに長時間座り続けるしかできずにいた。
だったら、と仕事の終わる時間に来るよ、と言えば何時になるかわからないと言われ、実際骸が家に帰る時刻は昼間であったらい深夜であったりと、白蘭が自由に動ける時間帯ではなかった。
それでも、としつこく時間を作って会いにくる高校生に、想い人本人は呆れ果てていたが、他の人間は同情を抱いたらしい。
骸の同僚であり友人である外科の医師、ディーノに声を掛けられたのは春が終わり、梅雨へと季節が移ろう時だった。
いつものように骸に相手にされず、邪魔だと追い出された後。しょんぼりと肩を落として廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返れば、幾度か顔を合わせた事のある医師が、にこにこと笑みを浮かべて立っていた。
「白蘭、だっけか?また骸に会いに来たのか?凝りねーなぁ」
ずかずかと近づき、親しげな声を掛けてくる医師に、白蘭の眉間の皺が寄る。
挨拶程度しか声を交わしたことがない相手だが、骸と仲良さ気に話しているのを、何度か見たことのあったせいでいい印象は抱いていない。好青年風の医師に抱くのは、嫉妬に対抗心だ。
けれど、それを表に出すことはしない。にこり、笑顔を顔に貼り付ける。
「こんにちは、ディーノせんせ」
「おー。で、骸には会えたか?」
眉を下げ、肩をすくめる。つい先ほど、顔を見る前に忙しいと追い出されたばかりだった。
苦笑を浮かべたディーノに、八つ当たりに近い苛立ちを抱く。そんな白蘭の内情に気づく様子もなく、ディーノは人当たりのいい笑みを浮かべて白蘭の隣に並ぶ。
視線を少し上に向けなければならないのも、また苛立ちが増長した。
「ま、病院じゃあ、アイツ仕事モードだからなあ。仕事外だったら、結構緩い奴だし、そん時にまた来たらどーだ?」
「何時になるかわからないのに?」
そうだな、と声を上げて笑う男に、この野郎と思う。ただの高校生にすぎない白蘭には、好きにできる時間も金も、それほど無い。
それに、忙しく動き回る思い人の邪魔はしたくないのだ。
ふう、とつい漏れ出た溜め息に、隣を歩いていた男が落ち込むな、と肩を叩いてくる。これがもし同じ学生だったら、遠慮なく殴ってやるのに、と思いながらも笑顔で礼を告げる。
骸に会えないなら、と早々にその場を去ろうとしたが、そういや、と何気ない口調でディーノが告げた言葉に目を見開き、やっぱり殴ってやろうかと思った。

「お誕生日、おめでとう」
はい、プレゼント、と渡された薔薇の花束に頭が痛くなる。
にこにこと、愉しそうに大きな花束を差し出してくる高校生に深い深い溜め息を吐き出した。
今の時刻は夕方。僅かな休憩時間で軽い食事を、と遅い昼食を食べていた所だった。こんこん、と軽いノックにあっさりと入室の許可を出してしまった自分を呪いたい。いつも笑顔を浮かべている学生ではあったが、零れそうなほどの、満面の笑みというのは初めて見たのでつい手を止めてしまったのがいけなかったのか。
「・・・白蘭君。こういうのは困ると、何度言ったら・・・」
「え、だって骸せんせ今休憩中でしょ?少しくらい僕に時間頂戴よ」
堪らず、舌打ちが漏れた。人まで下品だとは思ったが、どれだけ言っても聞かない相手だ。少しくらい、あからさまに出ても仕方ないだろう。
はあ、深くついた溜め息に、眉間に皺を寄せる。これ見よがしな拒否に、この高校生が諦めてくれたら、と願う。が、やはり差し出された赤い花束が引っ込めらることはなく。
「骸せんせーそういうの似合わないよね。無理はしない方がいいよ。だから、はい。これプレゼント!」
わさ、と眼前に突き出された花の、芳しい匂いに、ふっと肩から力が抜けた。植物は嫌いではない。送り主に多少思うところはあったが、花に罪はないだろう。
渋々、綺麗に装飾された花束を受け取った。
「・・・ありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
にこにこ。嬉しそうに、愉しそうに顔を緩めている少年の笑顔に、つられてこちらの顔も緩みそうになる。身構えるのが馬鹿らしく思えるくらいに、能天気な笑みだ。
「綺麗な花ですね。・・・ありがとう」
ふ、零れた笑みに後押しされて、もう一度、今度は心を込めて礼を告げた。惚れた腫れたな発言は、取り合えず置いておくことにする。
「というか、僕の誕生日なんてどこで知ったんですか?」
「ディーノせんせが教えてくれたんだ。骸せんせの誕生日と、勤務時間」
「あの人は、また・・・」
悪びれなく満開の笑顔を浮かべている同僚の姿が、ありありと想像できる。相変わらずお節介な男だと頭を抱えながらも、久し振りの気晴らしに、心が軽くなったのは事実だ。
今度何か奢ってやろうかと考えていたところ、ぐい、と近づいてきた紫の瞳に目を見開く。軽薄な見目や、言葉遣いとは違う真摯な色にぐ、と息を止めた。綺麗な色だと、初めて気がついた。
「僕、骸せんせいが好きです」
「・・・、」
「何度でも言うよ。好きだって。だから、骸せんせは僕の事好きになる。絶対」
「・・・たいした自信ですねぇ」
椅子に座っている骸の前にしゃがみ、下から覗きこんでくる少年の真面目な様子に、驚くよりも呆れた声が出た。自信たっぷりに微笑んでいる少年は、本当に骸が自分を好きになると思っている。
若い頃ってこうだったかなと、自分の過去と照らし合わせてみるが、どう見ても目の前の少年は規格外だ。
骸の手ではどうにでもできない。
やれやれ、と諦めに似た思いを抱きながら、目の前の、真っ直ぐな鼻筋をぴんと指で弾く。痛い、と恨めしげにこちらを見上げてくる幼い顔に笑いながら、敢えて声を低め、耳元で囁いてやった。
「まあ、せいぜいがんばってください。楽しみにしてますよ・・・白蘭君」











(2009/06/07)




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