ドリンクバー





どうしてこうなったのか。
行儀悪く、オレンジジュースをストローで啜りながら考えてもよくわからない。ずず、と音を立てる綱吉に、目の前に座っている骸が眉間に皺を寄せた。なんというか、その皺さえ造りものみたいに見えるから不思議だ。
いい男というのは、きっと目の前にいるこの男の事を言うのだろう。男の顔の造詣など全く興味は持てなかったが、ここまで突き抜けられると同姓でも感嘆してしまうものだらしい。少し爬虫類っぽいな、とも思わないでもないが、それにしても、綱吉の目の前でココアを飲んでいる男の顔は美麗だった。
「・・・なんですか?さっきからじろじろと」
その美麗な顔が、不快そうに歪んでいるのを見つめながら、いーやと緩く首を振る。
互いに制服姿。時刻は放課後。場所ファミレス。これが獄寺君や山本ならばおかしなところなんてひとつもないんだけれど、相手は六道骸だ。
ずず、骸の視線を気にせずに、コップの底に残ったジュースを啜る。
学校が終わり、獄寺君と山本と別れを告げ、一人で並盛の商店街を歩いていたところで骸に声をかけられた。
ここ並盛も先週から梅雨入り宣言を果たし、今日も日本の季節らしくしっとりとした雨が昼過ぎまで降り続いていた。
霧雨の降る中、傘もささずに立っている黒曜中生を通行人は避けていく。出来れば、綱吉も避けてしまいたかったが、じっとこちらを見ている色違いの目からは逃れられなかった。
また何か、呪いの言葉だとかを浴びせられるのかと身構えてみたが、綱吉の前で立ち止まった骸は笑顔を浮かべるでもなく、静かに見下ろしてくるだけだ。
本体は未だ牢獄に囚われている筈だから、今目の前に立っているのはクロームの体なのだろう。できればクローム本人に会いに来て欲しかった。
どれほどの時間そうしていただろうか。商店街の往来で見詰め合う中学生に周囲の視線が突き刺さるようになった頃に、ようやく骸が口を開いた。
「少し付き合ってください」
神妙な顔で、硬い声だ。一体何につき合わされるのかと想像し、勝手に一人で青ざめて思わず首を横に振ってしまった。
途端、顔を顰めた骸に、慌てて首を縦に振る。どっちですか、とイラついた声で問われたので、行く、と早口で応えた。
それで連れてこられたのが、いつも綱吉たちが利用しているファミレスだ。
入った瞬間になるベルが、六道骸には大変似合わない。席に座り、互いに飲み物を注文してからずっと無言で向かい合ったまま。綱吉は緊張で何度もドリンクバーを行き来したが、骸が動いたのは最初にココアを取りに行った時だけだ。
最初は何を言われるのか、何の用なのかと震えていたが、人というのは慣れる生き物だ。特に、綱吉は無理やり今の特殊な環境に慣れてきた。順応するのだけは人よりも早い。
流石に黙っているのも、おどおどしているのも疲れてきたので、じっと、目の前にいる骸を観賞してみた。その視線が不快だったのだろう、嫌そうに顔を背けられてしまったので、綱吉も視線を手元のジュースに落とした。
「で、俺に何の用?」
いい加減、話してくれてもいいでしょ、と気だるく尋ねる。このファミレスに入ってから交わした会話は、ドリンクバーを注文する時の確認くらいだ。
肘をつき、顎を支えている骸が呆れた様子で両肘を突き、ジュースを両手で抱えている綱吉を半目で見た。
「君、場慣れが早いですよね。さっきまで怖がってたのに」
「そりゃ、何も言わずにこんなとこ連れて来られたら、誰だってそうなるよ。で、何の用なの?ファミレスで飲むのが用事ってわけじゃないだろ?」
「ええ・・・まあ、そうですね」
「?」
困惑した様子で、口を濁す骸に首を傾げる。いつも必要以上に正直に、明確に言葉にする骸らしくない様子に、綱吉も戸惑いが隠せない。
なんとなく、再びお互い口を閉ざして目の前の飲み物を口につける。さっきとは種類の違う沈黙に、なんだか尻がむずむずする。
(・・・ほんとに、何なんだろう)
ちらり、骸を盗み見れば、同じように居心地の悪い顔で甘いココアを飲んでいる。もう冷めているだろうココアは、酷く甘ったるくて、きっと飲めたものではないだろうに。




用件を言わないままにファミレスを出た骸と、今度は家の近くにあるコンビニに立ち寄る。
「君は普段、この後どこに立ち寄るんですか」と尋ねられたので、コンビニで立ち読み、と応えたら、嫌そうな顔をした癖に「ではそこに」と促されてしまった。
骸が何をしたいのか、さっぱり理解できない綱吉だが、いつもこちらの都合などお構い無しに現れたり消えたりする霧の守護者をじっくりと見れるいい機会だと思うことにした。
ぱらぱらと、週間の漫画雑誌を立ち読みしながら、横で男性向けファッション雑誌を捲っている骸を盗み見る。いつも綱吉が見ると、この守護者は不機嫌そうに顔を歪めているか、皮肉気に笑っているかのどちらかだが、今、隣で雑誌を立ち読みしている骸は普通の中学生に見えた。
物珍しそうに薄いページを捲っている六道骸こそ珍しい。一体どんな思惑で綱吉と行動を共にしているのかはわからないが、これで彼の気が済むのならば易いものだ。
手元の雑誌に視線を戻す。正直に言ってしまえば、今週号は既に読んでいた。何度も読んだ漫画を、なるべく時間をかけてゆっくり読む。
ぺらり、ぺらりと聞こえてくる捲る音が、なんだか嬉しかった。
綱吉の、日常の風景に全く溶け込めていない男ではあったが、こうして普通の学生らしく振舞っている姿に綱吉は安堵にも似た気持ちを抱く。
水牢に囚われている姿の、何倍もいい。これが骸本人の体ならば、もっとすばらしい事だったろうに。




結局日が暮れる直前までコンビニで粘り、店員の視線が痛くなってきたところで綱吉は雑誌を閉じた。
隣にいた骸も、倣う様に雑誌を棚に戻す。立ち読みだけでは悪い気がしたので、安い菓子をいくつか買ってからコンビニを後にした。
それで、と視線だけで尋ねてくる骸はまだ帰る気はないようだ。
「後は家に帰るだけだけど・・・寄ってく?」
「・・・お邪魔でなければ」
らしくない、殊勝な台詞に目を見張る。本当に、今日の骸はらしくない。
マフィアと馴れ合うつもりは無い、と常々言っていたのに。今日のこれは馴れ合い以外のなにものでもない気がするのだが、それを口に出すほど綱吉も愚かではない。
とりあえず、綱吉がすることは骸の気が済むまで付き合ってやることだろう。
陽が暮れ、空の色が茜に染まりはじめた中を骸と二人で家路につく。相変わらず沈黙が二人の間を占めていたが、いつも向けられる、ぴりぴりとした殺気がないだけで綱吉の心持は大分楽だった。地面に伸びた影の高さの違いに多少落ち込みつつ、二人、並んで綱吉の家まで歩いた。


帰ります、と唐突に立ち上がった骸に、コントローラーを握った綱吉はへ、と気の抜けた声が出た。
「夜には戻ると、千種達に言ってきましたので。それに、そろそろこの体をクロームに返さなくては」
「あ、そう・・・。え、晩御飯食べてかないの?」
先ほど、台所に飲み物を取りに行くついでに骸の分のご飯もお願いしておいた。綱吉のゲームを見ているだけではあったが、なかなか帰る様子のない骸に、てっきり泊まっていくとさえ思っていたのだ。
「いえ、帰ります」
すたすたと部屋から出て行く背中を、慌てて追いかける。
流石に引き止めるほど骸との距離が近づいたとは思っていないが、見送るくらいなら、と玄関まで小走りで着いていく。
玄関を開ければ、外はどっぷりと闇に染まっていた。玄関を出て、門を抜けたところで骸が振り返る。薄暗くて、表情はよく見えなかったが、やはりその顔にいつもの笑みは無い。なんだか、今日一日、ずっと戸惑っていたような表情を浮かべていた。
「・・・今日はありがとうございました」
「別に、俺は何もしてないし・・・」
結局、骸から用件は聞けずじまいだ。ただファミレスでジュースを飲んで、コンビニで立ち読みをして、家でゲームをして。そんなのに付き合って何も愉しいことなんてないのに、骸は何を言うでもなくそんな綱吉に付き合った。付き合ってくれ、と言ったのは骸だが、当人から起こした行動は殆ど無く終わってしまった。
「では・・・また、」
「あ、うん。気をつけて」
すたすたと夜道を進んでいく背中に手を振りながら、今度は晩御飯に誘ってみようと思った。リボーンやディーノさんが絶賛していた母さんの味噌汁を骸が食べたら、どう言うだろうかというのも気になったのだ。












(2009/06/09)

「遠い空の夢」と実は同設定。


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