ベツレヘムの星




背中に伝わる硬い感触が体に痛い。
横になるならばやはり柔らかいベッドが一番だなと思いながらも、今の状況はどれも骸の理想とはかけ離れている。
田舎とは言えないが、都会とも言いがたい町の、細い路地裏。
陽が当たらないせいで常に黴臭いレンガ造りの道に横たわりながら、ぼんやりと暗い夜空を見上げる。星が良く見えるのはそう悪いものではないが、僅かに身を動かすだけでじゃりと、細かな硬い感触がするのは気に食わなかった。
はあ、吐き出した吐息が白く染まる。
真上しか見ることのできない狭い視界では僅かな情報しか仕入れることができないが、遠くから聞こえてくる陽気な音楽だけは絶え間なく耳に届く。
それに紛れる歓声に、眉が寄る。
「煩い、ですね・・・」
骸が好むのは叫びであり呪いであり血であり死である。これで聞こえてくる音が阿鼻叫喚だったならば、骸は外だろうと硬い地面だろうと心地よく眠れただろう。
だが、聞こえてくるのは笑いに歌声に幸せそのものの様な、
「くだらない」
血の足りていない体は思考力を鈍く下げるが、意識を失う程でない。こんな無防備な状態で意識を失うなど、死を意味する世界に生きてきた骸にとって、こんな華やかな祝いを聞くならば昏倒したほうがましだと思わせるのが今日だった。
「呪われてしまえばいいのに」
「なっ!おまっ、物騒なこというなよ!」
思わず零れた呟きに返ってきた声におや、と閉じかけた目を開く。
ひょい、と仰向けに倒れたままの骸の顔を覗き込んでくる逆さまの顔。見慣れてしまった、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる童顔に、骸は堪らずに笑った。
今、一番見たくなかった顔に、勝手に力を抜く体が恨めしい。
「クハッ・・・君は、本当に・・・タイミングの、悪い人、ですね」
不自然な呼吸のせいで途切れ途切れになる言葉を浴びせても、こちらを見下ろしている相手は僅かに口許を歪ませただけで引こうとはしない。
見つかった時点で既に諦めてはいたが、口は勝手に動く。夜空を背景にした情けない顔は、酷く骸を魅了した。
貧血とは違う、重い寒気が背筋を抜けていく。
「死にそうな癖に、何言ってんだよ。むしろタイミングばっちしじゃんか」
確かに、状況的には登場は劇的だ。まるで映画や芝居のような都合良ささえ感じてしまうが、骸にとっては最悪とも言えるストーリーだ。
「こんな、日に・・・君には、逢いたくなかった、ですね」
溢した囁きに、相手の顔が歪むのには多少気分が良くなった。そうだ、骸を相手に浮かべる表情は、嫌悪や憎悪が似つかわしい。
憐憫も同情も・・・ましてや親愛などは必要のないものだ。
「それでも、俺はお前を連れて帰るよ。お前は、骸は俺の守護者なんだから」
な、と浮かべた笑みは先ほどの骸の言葉で傷ついた心を引きずったままで、正直言って酷い顔だった。
向けられる情は骸を苛立たせたが、まるで泣きそうな笑顔は常より早い鼓動を刻む心臓に優しい。何か膜で包み込まれたような感覚にくすぐったさを感じながら、骸は重い瞼を落とした。





(2008/12/21)




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