涙にゆるしを 少しばかりからかってやろうと、そんな軽い気持ちで無防備な少年へと手を伸ばしたのだが、予想よりも酷い有様に骸はほとほと困りきった。 しくしくと大きな目から惜しげもなく涙を零している少年を、ただ見下ろすことしか出来ずにいる。ふるふると震えている頭頂部に保護欲をそそられるくらいには、混乱していた。 いつも、びくびくと震えてこちらを様子を窺うばかりの少年の態度に苛立ち、それだったなら、と希望に答えて人外らしい振る舞いをしてみせたというのに、この態度はなんだろう。 顔を歪ませて、怯えを怒りへと変えてみせろと、挑発したつもりだったというのに。 驚きに目を瞠らせた後は、罵声を飛ばすでもなく、疑問を投げかけるでもなくただただ無き濡れているだけだ。 ごしごしと制服の袖口で擦っているせいで、目元がどんどん赤くなっていく。柔らかそうな肌と、赤く濡れた目尻の対比にくらくらと眩暈に襲われた。 違う、こんな筈では、と内心で募っていく焦りに混じり、じわじわと侵食してくる熱がある。腹の奥から湧き上がったそれは胸を通り喉を通り脳を侵し。 その熱に突き動かされるように、ふるふると小動物のように震えている少年の肩を抱いた。 「…すみません、でした…」 零れた謝罪は重く、喉に詰まった。ぎこちない言葉ではあったが、それが骸の本心だ。 泣かせるつもりはなかった。いや、泣かせるつもりではあったのだが、こんな風に、骸を前にしてまるで独りを悲しんでいるような声を上げさせるつもりではなかったのだ。 骸の腕の中で身を堅くしている温もりを柔らかくしたくて、さらに力を込めた。 頬に当たる髪が、くすぐったい。 「すみません」 ひっく、と耳元に直接届く嗚咽に、胸が締まる。奇妙な感覚だ。痛みを感じてはいるのに、その甘さに泣きたくなる。 洗髪料の匂いか、微かに鼻を刺激する香りにそのまま倒れてしまいそうになった。 震えと、温もりと。伝わる鼓動に空を仰ぎたくなる。 ほんの少しの、おふざけみたいな、接触だった。 自分の身を狙っている相手を前にして、怯えをみせながらも気を許した風情が、酷く腹立たしかったのだ。どうして他人を前にそうまでゆるくなれるのか。 無防備に、転んで見せたり背中を見せたり。骸には何一つ理解しがたい行動ばかりをする少年に、悪戯心と、妬みを交えて手を伸ばした。 細い首は片手で掴めそうなほど。とく、と指先に伝わる脈に肌がざわめいた。 驚きに見開かれた目を見つめながら、合わせた唇は乾いていてあまり心地のいいものではない。薄い唇だ。満足のいく感触ではなかったが、意趣返しの成功は僅かにだが骸の心を浮き立たせた。 あまりにも近づきすぎて、逆に不鮮明だった大きな、茶色い瞳が揺らぐまでは、平常でいられたのだ。 それが潤んで零れるまでになると、骸の心は愉快なまでに混線した。 (2009/01/22) |