先生と僕



※このお話は「EVER」宅の『loved』に出てくる保険医骸と生徒綱吉君のお話です。
※つまりは二次創作の二次創作。
※元ネタが知りたい方は「EVER」宅にどうぞ!














 体育の時間にこけた。
 それくらいならば、綱吉にとって別段おかしなことではない。廊下を歩いているだけで躓いて転ぶような毎日だ、運動量の増える体育の時間を考えれば手の甲の擦り傷だけですんだのは僥倖だろう。
 じくじくと地味に痛みを伝えてくる傷に息を吹きかけながら、綱吉は思い足を引きずって授業中の、静かな校舎内を歩いていく。
 ぺたぺたと、踵の潰れた上履きの音にため息の音が滲む。
 こんなものは傷のうちに入らない、と綱吉がいくら言っても聞いてくれない大げさなクラスメートの親切心が今は恨めしい。これから向かう先にいる相手を思い浮かべて、その度に綱吉の歩みは遅くなっていく。
 治療が終わったら戻って来い、と厳つい、いかにも体育教師然とした男性教諭に言われているので、さっさと体育の行われているグラウンドに向かいたいのだが…。
 「多分、すぐ帰してくれないだろうなぁ…」
 嫌だなぁ、と溢している間にも足は進んでいるわけで。
 目の前にある『保健室』と書かれたプレートをじとりと恨めしげに見上げる。白い、清潔そうな真新しいドアさえ憎らしく思えてくるのだから不思議だ。
 「失礼しまーす…」
 がらがらと、横開きのドアをなるべく静かに開けながら室内へと足を踏み込む。保健室独特の、薬品の臭いが鼻をつく。
 頼むからいてくれるなよ、という綱吉の願いもむなしく、開けたドアの先、丸い回転椅子に座っている保険医の姿に綱吉はがくりと肩を落とした。
 「はい、どうし―…ああ、綱吉君。よく来ましたね。また怪我、ですか?」
 振り返った保険医が、綱吉の姿を見つけた瞬間に相好を崩す。冷淡に見える整った顔立ちが、笑うと途端に柔らかくなる。しかし、その笑みを純粋に優しそうだと思うには、綱吉が過去に受けてきた男からの接触が邪魔をする。
 「ちょっと、転んじゃって…」
 できることならそのまま回れ右をしてこの部屋から立ち去りたいのだが、ニコニコと満面の笑みで近づいてくる保険医の威圧感に足は床に張り付いたように動いてはくれない。
 怖いわけではないのだ。ただ、戸惑いが大きくて、綱吉はどうしていいのか対応に困ってしまう。
 「ちょっと、ですか…。きっとまた何も無い所で躓いて顔から転びそうになったのを避けようとして出した手を擦りむかせたんでしょう?」
 「え、なんで…」
 「見てましたから」
 ほら、と窓の外のグラウンド指し示されて、ああ、と納得しかかったところで綱吉は固まった。
 ぎぎ、硬い動作で長身の保険医を見上げれば、うっすらと微笑む男の顔が。
 「ろ、六道先生、」
 「骸と。そう呼んでくださって結構ですよ」
 「…まさかずっと見てたんですか?」
 思わず、手の甲の傷を隠すようにもう一方の手で覆う。心拍数が勝手に上がるのは、今度こそ恐怖のせいかもしれない。
 保険医は――六道骸は抑え切れていない愉悦を滲ませて笑ってみせた。
 「さあ、怪我を見せてください。早く消毒をしないと。菌でも入ったら大変ですからね」
 ぞくぞくと背筋を駆け上がる悪寒にひい、と喉が収縮して奇妙な音が漏れる。だからここに来るのは嫌なんだ!と内心で罵ってみせても頬に添えられた、ほっそりとした手は逃してはくれないようだ。
 促すように背中へと手を回され、そのままの流れで肩を抱かれそうになったが、逃げるように椅子へと座った。勢い良く座ったせいでぎしりと盛大に軋んだが、構っていられない。
 はい!と勢い良く怪我をしている手の甲を差し出す。しぶしぶと対面にある椅子に座った骸が、傷を覗き込むために顔を下げると、その動きに合わせて後ろに結ばれた長い髪が肩にかかった。
 さらりと流れた髪に思わず視線が流れた瞬間。
 「ひやああ?!」
 背筋を駆け巡った感覚に綱吉は今度こそ悲鳴を上げてしまった。
 あわててその元を辿れば、差し出した片手に添えられていた手が、いつの間にか体操着の袖口から進入していて。さわり、指の腹で再度撫でられて綱吉は泣きたくなった。
 「六道せんせいセクハラです!」









(2009/03/22)




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