ラブロマンスが始まらない

DHVer


恭弥、と甘い声が名前を呼ぶ。

時折舌が回らないのか、曖昧な発音で名前を呼ばれることもあるが、大抵の発音は一音一音、しっかりと言葉に繋がっている。
あまりの甘さに思わず睨みつけてやっても、ディーノは蕩けるように笑うだけだ。 顔の造りは意外と冷たいのに、浮かべる表情は柔らかいものばかり。

恭弥。なあ。悪ぃ。ごめんな。好きだよ。

紡がれていく言葉はどれも意味合いが違うというのに、そこに篭められているものは全部一緒だ。
どれも、甘くて柔らかくて熱い。そんなに雲雀をとかしてどうする気だと、睨みつけてもどろどろにされた後では効果がない。
最後には何も残らなくなりそうな、男の呼ぶ声にむすりと唇を尖らせてみても、顔に伸びてきた手の大きさに顔が緩む。
ごつごつとした、けれどさらりとした男の手が頬を撫でていく。長い指。出っ張った骨。乱雑とも思える仕草なのに、触り方は丁寧だ。
上から下へ。
ゆっくりとした動作は、じれったいほど。
顎を指先だけで撫でられ、鼻筋を辿られ突き出た唇をなぞられ、睨み付けている目尻を親指で拭われる。
一連の動作の間も、男はきらきらとまぶしい、甘い笑みを浮かべて雲雀を惹きつけるのだ。透き通るような瞳が、僅かに色素を濃くしている様にぞくぞくと震えが走る。
恭弥、と。緩慢に動く唇に齧りついてやろうかと、身を乗り出して。






「うわあああ?!」

ずる、どた、がしゃん、ばしゃり。

唐突に聞こえてきた騒音に雲雀はぱちりと目を開けた。
しっかりと開いた目に映るのは白い天井。重く、霞んだ思考に自分が今の今まで眠っていたことに気がついた。
「いって…ぇ、」
うう、と泣き声が混じりそうなうめき声に、頭ごと視線を動かしてみると、先ほどまで甘く雲雀の名前を呼んでいた男がなぜか半裸でシーツをくしゃくしゃに纏わりつかせて濡れていた。
痛みに目元を歪め、自分の陥った状況に口許がへなりと下がっている。きらきらと輝く髪は水に濡れてさらに光ってはいたが、きれいというよりは情けないという形容の方が似合いすぎて。
はあ。雲雀は思わず吐息をこぼした。
僕だって夢見るくらい、いいじゃないか!




(2008/12/04)




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