思春期ですから




 思い出そうにも、強烈な出来事に覆われる形になった学生時代の自分が、一体どんな生活を送ってきたのかなんて今更知りようが無い。
 死ぬ思い出切り抜けてきた家庭教師の課題や、唯一の肉親であった父の死。そして肩に圧し掛かった巨大な組織。
 俺の若い頃は、なんて口では言いながらも、きっとそうだっただろうという予測の元に作られた記憶だ。
普通に遊ぶことが大好きで。可愛い女の子が好きで。試験は嫌いで。同級生達と些細でくだらない比較をしあって。
 曖昧ながらも解けなかった問題やクリアしたゲームや好きだった女の子の顔が思いだせるのだから、大半は事実も混じっているのだ。
 だからディーノは子供らしからぬ振る舞いばかりをする弟子に口を出す。
 「お前もさあ、普通に遊んだりとか、好きな子の事思ったりとかするだろ?どうしてそう、思考が極端に暴力的なんだよ」
 気に食わないから、という、それだけの理由で武器を振るわれた後の会話だ。
 元家庭教師から任された、ボンゴレの雲の守護者候補を鍛えるという仕事は終わっている。それでも、普通とは言いがたい性格をしている弟子の素行が不安で並森中学を訪れたディーノだ。
 心配性だなと、リボーンに嘲笑われたのを思い出したが、これはもう生まれつきだ。先の事を心配して何が悪いと開き直ったのはいつの事だったか。
 これも、曖昧な記憶の底に埋まっている思い出のひとつだろう。
 ノックひとつで相手からの返事を待たずにドアを開ける。よお、と恐らくドアの先、学校には似つかわしくない重厚な作りの机の向こうで不満そうに座っているだろう弟子の姿を想像していたディーノにとって、眼前に迫った銀色は予想外もいいところだった。
 「う、お?!」
 ちり、前髪を掠めたそれを認識した途端、どっと汗が浮かぶ。反射で動いてくれた自分の体を心の内で大絶賛しながら、応接室に踏み込んでいた足を一歩引いた。
 ドアの前、ディーノの眼前に無表情で立つ少年の姿に、思わず手が腰元の武器へと伸びそうになる。
ぎらぎらと、隠しようのない殺気に一気に喉が渇いた。
 「きょ、恭弥?ど、どうした…んですか?」
 思わず口調が丁寧になる。ただでさえ鋭い目元が、キツイほどに吊りあがっている様は流石のディーノも怖い。
 闘う前の、にい、と嬉しそうに弧を描く筈の口許が、今はむっすりと下がったままだ。
 誰がみても怒っているだろう雲雀の姿に、ディーノはひくりと目尻を痙攣させた。
 「いい所に来たね…。ねえ」
 「な、なんだ?」
 「咬み殺してあげるよ」
 ちっとも愉しそうじゃない、むしろ不機嫌そのもののような雲雀の低い声に、ディーノは悲鳴を上げた。


 なんとか、怒りと武器を収めた雲雀を必死に宥めながら応接室のソファに座らせることに成功し、自分もぐったりとソファに腰を下ろして先ほどの会話だ。
 理不尽な暴力も、雲雀の八つ当たりも、もう慣れた。理由を問いさえしないのは、下手な事を掘り返してまた喧嘩を吹っかけられない為の自衛のようなものだ。
 黒いソファの背もたれに頭を預けながら、ぴしりと背筋を伸ばしている弟子の姿を斜め後ろから見る。
 まだ機嫌は直っていないものの、先ほどの焼け付くような怒りは見えない。白いシャツに、深い紺色のベストの対比がなんだか眩しかったが、形の良い頭から伸びた首筋の硬さが気になった。
 「まあ、お前くらいの歳だったらさ、ちょっとでも気に食わないことあると無性に苛々するのもわかるけどなあ。だからってすぐに手が出るのは」
 「煩い。黙れ」
 「…どうかと思うんだが」
 肌を刺すぴりぴりとした棘にため息が漏れそうだ。 あんまりにも挑発的すぎて、諦めて誘いに乗りたくなってくるから恐い。
 「人の話は最後まで聞けって。お前もさあ、普通に遊んだりとか、好きな子の事思ったりとかするだろ?どうしてそう、思考が極端に暴力的なんだよ」
 よ、っと身体を起こして雲雀の顔を覗き込む。むす、っと結ばれた唇が可愛くて笑いそうになったが、そんな事をしたらまた殴りかかられることは分かっていたので黙っていることにする。流石に口を開く度に喧嘩を吹っかけられれば、嫌でも学習するものだ。
 見上げる形を珍しく思いながら、視線を合わせようとしない弟子に優しく語りかける。それが子供扱いしているように見えるのには、気づいていない。
 「そんなんじゃあれだぞ。彼女とかできねーぞ」
 「別に。いらないよ、そんなもの。欲しいとも思わない」
 即答だ。あまりにもあっさりと、当たり前のように言われたのでディーノは素直に感心した。
 「嘘だぁ。俺がお前くらいの歳っつったらそりゃもう凄い女の子に興味あったぞ?」
 「僕は貴方じゃない。…いい加減、黙らせてあげようか?」
 ちゃき、っと構えられた武器に降参の意味で両手を挙げたが、不満そうな攻撃がぺしりと手のひらに当たる。まるでじゃれあいのような接触に、なんだか背中がむずむずした。




(2009/01/22)




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